僕にとって13回目となるモロカイ海峡横断レースが無事終わりました。結果は既にご報告したとおりです。心身ともに充実し、準備に9割の労力を費やしたので結果が出るのは当然のことでしょう。今年の気象状況は珍しく無風。波間にオアフ島が隠れるような大きな波は全くなく常に目標地点と隣の選手が視界に入るので、ナビゲーション技術の能力はほとんど発揮されず、とにかく漕ぎがメインの体力競争でした。昨年のように海が荒れればレース展開と結果は全く変わっていたでしょうが、今年はとにかく若くて体力がある選手が上位を占めました。ただ僕と同じ年代で優勝したKaiや、レースオーガナイザーのMannyを見ているとまだまだ僕は可能性を感じています。
レース後、「日本一おめでとう、日本人には負けられないよね、」と言われることが多いです。でもその度に「日本一じゃなくって、世界24位ですよ。世界の次は宇宙ですから。」とはっきり答えています。若かった頃の僕は世界大会の順位だけをモチベーションにしてきましたが今は全く違います。今の僕は、戦いのためにどれだけの準備ができるのか?を常に考えています。冬の北風で荒れ狂った外洋のリスクを承知で、いかに海を渡れるか?日々の暮らしで繰返される一瞬一瞬に全力を注ぎたいです。いつの日か近い将来、命を懸けた仲間達と共に海に出るため、まさに出航のための準備こそが僕の生きるモチベーションであり、モロカイの結果はその節目なのです。
地域に外からの風をどう吹き込み、伝統を守りながら風土を作っていくのか?モロカイを初めて渡った98年、まだ若かった24歳の僕は日本にウォーターマンの文化を根付かせようとカヌーを日本に持ち帰りました。その瞬間に海洋文化を人生の柱に選択したことの重大さを知る余地はありませんでした。年を重ねながら文化の重さ痛感する度にその責任から逃げたくなりましたが、僕にはそれができませんでした。そうやってどんどん重りを背負いながらも海に飛び込み漕ぎ続けていううちに不思議と意志が太く、強くなりました。ゼンソクでアトピー持ちの弱い転校生は、野生で頑固な今の僕に変わっていったのです。
7年前、都会の人混みに疲れ深く広い外洋と静かな暮らしを求めて沖縄へ移住した僕は、よそ者としてこの島で暮らす難しさを痛感しながらもいつも変わらぬ夢に向かって淡々と前に進んできました。漁師以外が外洋に入ることはないこの島で、一年のたった一日の為に、一人でトレーニングを重ねていく。大抵の人は孤独に耐えることができずこの小さな地域から出ていってしまうでしょうが僕は違います。別に鯨やカメが友達とかそんなおとぎ話ではありません。田舎には田舎の、都会には都会の人間社会の難しさがありそれと同じ分の幸せも存在します。その両方をありのままに受け入れ、季節風の変化を毎日感じながら島の地形を海から開拓するのが楽しいのです。エンジンを使わず自分の力で漕ぎ海を進めば進むだけ、体と心の贅肉は削ぎ落とされどんどんスリムになります。自分にとって本当に必要な人・物・場所だけが残ります。結果的に近所仲間に受けいられいつも笑っている僕は本当に幸せ者です。
肉体と精神は暮らしのリズムと対になっているのでしょう。断崖絶壁にぶつかる巨大な波、その迫力に圧倒されることなく流れを読んでバックウォッシュ(返し波)に乗る。モロカイレースの最後の山場、オアフ島付近で無意識の極限の状態が必ずやってきます。そのとき本当の人間力が試されるのです。困難や痛みに耐えるためにはその無意識の状態(領域)までどうやって自分自身を持ち込むのかがキーです。
スタート後、第2集団で争っていた僕は、常に名前も知らない一人の選手を意識していました。ただ黄色いカヌーが僕の目に留まったからで、その選手が誰なのか、どれだけの力を持っているのかは別に問題ではありませんでした。終始抜いたり、抜かれたり、まさに死闘(バトル)とはこのことをいうのでしょう。隣で聞こえる息使いに彼の魂を感じました。勿論僕も魂で進みました。腕が交互に痙攣し、腹筋に伝染してもパドルを握る拳に力を抜くことはできません。途中で漕ぎを諦めることは死を意味します。(実際沖縄でのトレーニング環境は生死をかけたバトルの毎日ですから、)
肉体と精神をコントロールするのは魂=Soulであり、魂と魂がぶつかり合う場所が戦場です。僕はモロカイ海峡にも魂があると思います。モロカイだけでなく全ての海や山、自然要素に魂がある。これまで13年間勝つことは一度も無い戦いですが、その場所に魂があるからこそ挑み続けているのです。ぶつかっていけば跳ね返されますが、流れをよんで波に乗ればどれだけでも楽に進めます。パドルは僕にとっての刀であり、心肺能力や筋力の基礎トレーニングは修行・鍛錬です。
だから僕は魂で生きたエディ・アイカウのような人間に惹かれ続け、名前も知らない隣のパドラーとバトルをするのです。最後の最後まで粘りましたが結局彼の顔を見られたのはゴールの後で、そのとき初めて僕が尊敬するラニカイの選手だったことに気付きました。人間の殻を破って魂がぶつかり合うこの戦場に、今でも僕が生きて立っていられること自体が奇跡だと思いました。いつどこで何があるかわからないこの世の中で、漕ぎ続けることがどれだけ自分にとって大切なことなのかを感じました。勝ち負けはゲームですが、魂のぶつかり合いは戦いです。戦うことは殺しあうことは全く違います。人生はゲームではなく戦い続けること。苦しさや痛みに負けたり、諦めはいけません。魂の限り精一杯漕ぎ続ける戦いが僕にとってのモロカイチャレンジなのです。
レース中は神経が高ぶっているため痛みや苦しさに耐えることができましたが、レースが終わった後は4時間半こらえていたストレスが一気に噴き出し首から背中、腰にかけて激しい痛みを感じ、仰向けになって地面に倒れこんでしまいました。背中を木刀で叩かれ拷問を受け失神しそうな地獄の痛みが襲ってきました。薄っすらとしか覚えていませんが、その痛みは徐々に薄くなりゆっくり目を開けると真っ青な空に雲が流れていました。その空をただボーっと見ているとこれまでの13年間のモロカイ人生で出会った全ての人の顔が見えました。
共に海を渡った人、離れ離れになった人、海に消えてしまった人、家族や幼少時代から可愛がってくれる祖父母、毎朝ランニング中にすれ違う近所の叔父さんやいつも応援してくれる地域の仲間。本当にたくさんの人の顔が浮かんできました。止めよう無く溢れてくる涙に溺れながらも、僕はただ空を流れる雲と、流れる人の顔を見ていました。
日本に帰国してからもとにかく頭の中が混乱し何がなんだかわからない状態が続きました。思い立って九州行きのフェリーに乗りました。これまでの13年間でたくさんの喜怒哀楽がありすぎたのでしょうか、僕の故郷でハワイの光景を思い出しながらただ独りになってゆっくり体力を回復する時間が必要でした。日南の井上さんの宿で透明な森の空気を吸い、人吉にいる兄貴と杯を交わし、種子島の林さんに連れられ海に潜りました。朝晩は森の湿った空気が僕の肺にとても優しく、温泉は焼け焦げた肌をきれいにしてくれました。帰路の奄美で武と再開。海人丸で乗り越えた大荒れの南西諸島を越え梅雨空の下に沖縄が見えました。ハワイに行く前に春に吹いたうりずんの風は、湿った梅雨風へ変わり夏が近いことを教えてくれます。レース後、背中の痛みで倒れこんだ瞬間からずっと空を見ていた僕ですが、フェリーから降り地面に足をつけた瞬間にようやく目線が前に向きました。やっと今年のモロカイレースが終わったと感じた瞬間でした。完全燃焼した後のフワフワした気持ちでは、なにも手に付かずいつ事故にあうかもしれません。体力は回復しようやく自分の足で立つことができた今、更に気持ちを引き締めまた夢に向かって歩き始めます。
今回、モロカイではホクレアのキャプテンMEL夫妻、そしてオアフでは同じくホクレアで沖縄を目指したPete夫妻にお世話になりました。僕がモロカイを初めて渡ったゴール地点にいたジェイクさんが胸に抱いていた赤ん坊は、雑誌の表紙になるほどのサーファーへ成長し、アスリート仲間のJason夫妻にはに新しい命が誕生していました。これまで僕が渡ってきたモロカイを次世代の日本人が渡り始めたように、これから僕らの子供達はどんなウォーターマンに育ち、どんな海を渡るのでしょうか。とても楽しみです。
海を人が漕いで渡るというシンプルなモロカイレース。僕はこの13年間、計28回の戦いを通じて出会った全ての人から感化され人生の教訓を学んでいます。表彰式を後にした僕らは、アイスコーヒーを飲みながらモロカイ島が見えるLanai Lookoutという展望台へいきました。水平線の向こう側に薄っすらとモロカイ島が見えていました。
豊かな自然溢れるモロカイ島では、今でも昔のままの暮らしを続け何世代にも渡ってフィッシュポンドを作り続ける原住民がいます。ホクレアもそうでしたが古人の暮らしは自然と共存する叡智を教えてくれます。一方、世界一の観光立島オアフ島に住む人々。フェイスブックで15年以上経った今でも簡単に世界の裏側に住むオーシャンアスリート達と励ましあい情報交換ができる世の中になりました。モロカイとオアフ、その二つの島を隔てる32マイルの海峡を、文明の素晴らしさと自然の偉大さの両方を見ながら人力で渡り続けてきた僕は、二つの島の過去と現在、そして未来がしっかり繋がって見えています。オーストラリアに留学した19歳の僕は、地球の反対側にある日本があることをぼんやりと意識し始めました。それから17年後の今、ハワイから見る水平線のその先には沖縄、そして日本がはっきりと見えるようになりました。そして更にその奥に大きな島が見えるのです。
僕は海に挑戦し、漕ぎ続けることで今、この展望台に立つことができました。逆に言えば、これから先も漕ぎ続ければ、どんな恐怖や孤独にも負けず嵐を乗り越えていくことができるということです。
これまで僕が出会った尊敬すべきウォーターマンから、一つ一番大事なことを学んだとすれば、それは人生の価値観です。年齢や性別、出身や経歴、お金や住んでいる場所で人を計ること無意味だということ。夢に向かって純粋に生き、魂をかけて戦い、高めあい尊敬し合える人間こそが僕にとっての家族であり、仲間だということです。
最後に今回のモロカイチャレンジを共に戦ってくれた育三さんとショウタはじめ、遠くから応援してくれた全ての人に心から感謝します。
Keep Paddling.
Taku